Voices|小松 浩子教授

これからの時代は、
医療やケアの社会化が必要

Profile

小松 浩子(こまつ ひろこ)

慶應義塾大学看護医療学部・大学院健康マネジメント研究科教授/看護医療学部長
【看護学専修】

聖路加看護大学成人看護学教授を経て、2010年4月より現職。 専門はがん看護学・緩和ケア、慢性看護。

尿失禁外来のクリニックを立ち上げる

専門領域は成人・老人看護学で、大人の看護全般です。少子高齢化が進んでいる日本において、後期高齢者は増える一方。尿漏れは、ご高齢になる前から女性たちの間で大きな悩みです。閉経後の女性の身体は、女性ホルモンの分泌が少なくなるので、膀胱を支えている筋肉が緩んでしまいます。その結果、振動がすぐに膀胱に伝わってしまうため、くしゃみなどの刺激により尿が漏れしてしまうのです。尿失禁に悩んでいる方たちは、ご自分からそれを口にするのをためらわれ、泌尿器科に行くのも抵抗を感じます。そうした方々からの相談を受けて、東京と福島に尿失禁外来のクリニックを立ち上げました。現在は、どちらの診療所も閉じてしまいましたが、多くの方々が相談にいらっしゃいました。

がんサバイバ―が増えている

尿失禁と同じくライフワークにしているのが、がん看護全般です。がん治療を続けている方を、"がんサバイバ―"と呼ぶのですが、最近、がん治療の発展とともにそういう方たちが非常に増えてきています。乳がんの患者さんの場合、無事に手術が終わって、家族から「お母さんはもう元気になった」と思われるのですが、実際には、そこから約5-10年間、化学療法やホルモン療法が続くので、手術を終えた時点で、治療がようやくスタートしたところなのです。がんサバイバーの方たちはいろいろな治療を続けながら、また、治療による副作用を自分でセルフケアしながら社会で働いています。その上、常に再発への脅威と不安を抱えながら生きています。

ピアサポートグループを立ち上げる

がんの治療には、化学療法や分子標的治療薬(※1)などがありますが、それによって神経系合併症が起こることがあります。末梢神経に影響があると手先の細かい作業ができなくなったり、ふらついたり、人によっては転倒してしまうこともあります。あるいは、ケモブレインといって、一時的に、記憶力が低下したり、適切な判断が出来なくなったりすることもあります。

以前、聖路加国際病院で非常勤に勤務していたとき、乳がんの患者さんの様々な相談を受けました。そこから様々なケアを開発して、がん患者さんの悩みを一緒に解決できるピアサポート(※2)のグループを立ち上げました。そのための教材をeラーニングで作って、自宅で勉強してもらうようにしました。さらに、その教材で学んだ人たちに、先輩患者として後輩からの相談を受けるというシステムを作りました。

人間にとって不可欠な部分は、何よりも健康や安全です。そこに関心を持っている方たちがいて、そのことを学問的にも深めていけることが重要で、そのような場面に関わっていくことが、自分の原動力だと思っています。病気を抱えていても、人間が人間として充実した日々を送れるということに関心があり、長い間その研究を続けてきました。医療の専門職者は、患者さんから教えられることがとても多いのです。

あらゆるがんの患者さんに向けたサポートプログラム

がん患者さんのためのサポートプログラムは、乳がんだけでなく、泌尿器科、消化器科、婦人科など、すべてのがんの患者さんを対象にしています。男性の患者さんは、女性とは違った悩みを抱えていらっしゃいます。例えば、前立腺がんの患者さんにとって、生殖機能やセクシャリティーの問題は重大ですが、そのようなことは、経験豊富なナースでないと相談しにくいようです。セクシャリティーは直接的な行為だけでなく、男性の場合は権力欲や権威的な自分自身も、一つのセクシャリティーです。頭皮マッサージによって血色が良くなったところで、「とても素敵ですよ」と声を掛けるだけでも、とても大きな効果があります。

医療やケアの社会化が必要

これからは、医療とケアの社会化が必要になってきます。社会の中で孤立してしまう状況は誰にでも起こり得ることですが、孤立させないシステムを作る必要があります。

慶應義塾大学は、学際的な部分でケアのシステムを考えていて、いろいろな可能性があると思います。医療やケアの社会化は、理工、医学、工学、情報科学的な部分、あるいは社会福祉的な部分が結集しなければ実現不可能です。そうしたことに関心のある学生がこの研究に入って来て、私たちが思いもよらないようなシステムを作り上げてくれることを望んでいます。

※1 分子標的治療薬 がん細胞に特有の分子をねらい撃ちすることによって、がんを抑える効果が期待された治療法
※2ピアサポート 同じような経験をした人や、同じような立場にある人によるサポート