Voices|椎野 優樹さん

在宅医療を中心とした、新たなフィールドへの挑戦

Profile

椎野 優樹(しいの ゆうき)

2012年 慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科 医療マネジメント専修 修了 京セラコミュニケーションシステム株式会社 東京医療・介護コンサルティング課
【医療マネジメント専修】

「日本の医療提供体制」という俯瞰的な視点

私は、慶應義塾大学商学部を卒業後、総合病院の職員として医療事務や経営企画に計6年間携わりました。その頃は、国で社会保障国民会議が開催され、抑制一辺倒であった社会保障政策が転換されるタイミングでした。大学では社会保障を学んでいたこともあり、勤務を経て病院経営を考えるうちに、日本全体の医療提供体制のあり方はいかにあるべきか、と思いを巡らせるようになりました。それが、健康マネジメント研究科(以下「健マネ」)に入学した理由です。「日本の医療提供体制」という俯瞰的な視点での学びを深めよう、医療提供体制を考える上での学問的ベースとなる経済学や社会保障論、分析手法として必須となる統計学について、腰を据えて学んでいこうと決意しました。

入学後は、急性期医療機関に導入された、診断群分類に基づいた診療報酬の包括評価体系であるDPC (Diagnosis Procedure Combination)/PDPS(Per-Diem Payment System)が、医療機関の診療行為に与える影響について研究しました。このテーマは、"経営が有利になるように、包括評価対象の診療行為の提供が過少になることが起こり得るのだろうか"という問題意識から設定したものです。研究結果からは、診療行為よりも在院日数の短縮化に影響が見られることがわかりました。この影響は、近年の病院の機能分化の促進と転院・退院調整の強化、ならびに在宅復帰の推進などにより、一層顕著になっていると考えられます。

経営を考えるには、現場の近くにいなければならない

現在は、京セラコミュニケーションシステム株式会社で、医療機関や介護施設を対象とした、部門別採算制度に基づく経営改善コンサルティングを行っています。経営は一部の人が行うものではなく、全職員が関わるものだという考えのもと、それぞれの現場の方々と具体的な話をしながらできることを考え、収支両面の改善を後押しする仕事です。健マネで取り組んだ研究を活かせるだけでなく、"経営を考えるには、現場の近くにいなければならない"と思ったことが、今につながっています。

サービスと利益の関係を、どのように考えていくか

コンサルティングを行う現場で実感するのは、利益がなければ良いサービスを提供できなくなるばかりか、サービスの提供そのものを続けられなくなる、という意識が希薄であることです。現場の方々には、「利益を生み出すためにサービスの質を落とす」という思い込みが少なからずあるようなのですが、経営を改善するためには、「良いサービスを提供するからこそ利益が生まれる」という考えに転換していかなければなりません。そうすることで、サービスの質を向上させるとともに、自立経営できる医療機関や介護施設を増やし、サービス面でも財政面でも日本の医療提供体制に貢献することができます。私はそのような思いで業務に携わってきました。

グループワークで得た、たくさんの学び

健マネの特色は、"健康"というテーマに対して3つの専修からアプローチされている点にあると思います。各専修には、大学卒業後すぐに入学された方から社会人経験の豊かな方まで、さまざまな方々が集まってきます。得手・不得手も人によってまちまちです。そのような環境の中で、それぞれの不得意分野を補いつつ、得意分野を活かし合うグループワークには、たくさんの学びがありました。そこには、組織で動くメリットだけではなく、組織で動く難しさを知るという学びも含まれています。例えば、お互いを尊重しすぎて干渉しないことが、誰かがやってくれるという思い込みにつながり、研究の進行が停滞する、といった事態もその一つです。医療・介護の現場では、多様なバックグラウンドを持った専門家がチームを組んで活動することが多いですが、組織としてまとまっているかと言えば、必ずしもそういうチームばかりではありません。グループワークで体感した組織で動くことの課題について振り返ることは、知識ばかりではない、実践力のある人材としての成長につながるのではないかと考えます。

修士論文の作成のために、担当の教員が多くの時間を割いてご指導くださったことも印象に残っています。修士論文の作成は1年以上かけて行うプロジェクトであり、細かな進捗管理と、独りよがりにならない多面的なチェックが必要であることを実感しました。加えて、1年の頃から「修士論文は投稿論文にすること」と高い目標を課していただき、最終的に論文の投稿ならびに掲載を実現することができました。また、ともにこの時間を乗り切った仲間とは、強い連帯感や信頼感が生まれました。

幅広いつながりが、価値ある財産に

健マネでの活動は、知識の習得もさることながら、人脈の形成も非常に価値ある財産になっています。これは、他の大学院の修了生と話をしていると、健マネの大きな特長だと感じます。在学中は、同期生、教員の方々、自身の前後1年の先輩や後輩、博士課程の方々とのつながりが中心ですが、修了後は健マネ三田会など、年代や専修の枠を越えたより幅広いつながりを築くことができます。それは、仕事や研究などにおける可能性を生み出し、広げ、実現へと近づけてくれるものです。人脈形成に象徴される、「半学半教」や「社中協力」といった慶應義塾の精神が自然と実践される健マネの環境と風土は、慶應義塾内の他の研究科と比べても際立っているのではないかと思います。

「学び」と「つながり」を、新しい事業に活かす

実はこれから、新たなフィールドに飛び込もうと考えています。計画しているのは、在宅医療を中心とした、生活を支える事業への展開です。健康問題にとどまらない、それに付随した経済問題の解決や、健康を維持・増進するための取り組み、地域で支え合う仕組みの構築など、たくさんの人が幸せに共生できる地域づくりに貢献していきたいと思います。これまでの経験と、健マネでの「学び」と「つながり」を、より一層活かしていくことができる新しいチャレンジにワクワクしています。