Voices|井高 貴之さん

あるべき医療提供体制の実現へ、現場の方々とともに

Profile

井高 貴之(いだか たかゆき)

2007年 慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科 医療マネジメント専修 修了
みずほ情報総研株式会社 社会政策コンサルティング部 チーフコンサルタント
【医療マネジメント専修】

看護医療学部での学びを通し、見えてきた問題

患者さんが「生きる」ことを、身体的・精神的・社会的な側面から「支える」というのはどういうことなのか。それは、私が一期生として入学した慶應義塾大学看護医療学部で学んだことの一つです。患者さんや家族の方々を支える上では、彼らの声に耳を傾け、共感し、全人的に捉え、質の高いサービスを提供することが重要です。そのためには、人材が組織に定着し、成長していくことが不可欠ですし、サービスの質や効果を継続的に評価し、改善しなくてはなりません。組織運営においては、医療機関の経営と個人の自己実現を両立させることも大切です。

その学びの中で、多くの問題が見えてきました。医療従事者が他の業務に追われ、患者さんに寄り添う時間をなかなか確保できないこと。十分とは言えない待遇や、医療の質を評価する難しさ。診療報酬に基づく医療機関の運営が、本来の組織ビジョンから乖離しがちな印象も受けました。これらは、医療が公的医療保険制度の下に提供される中では、現場の実践と制度の見直しの両輪で考えないと解決が難しい問題です。そこで、医療制度について多角的に学ぶために健康マネジメント研究科(以下「健マネ」)に入学しました。学部卒業のタイミングで健マネが新設されるという幸運にも恵まれました。

「健康をマネジメントする」ことの広さと深さ

健康は、個人が志向して取り組む一方で、社会や組織に健康を推進する仕組みがないと実現できません。仕組みを構築する上では、「健康づくり」、「保健」、「医療」、「介護」、「福祉」など特定の分野・領域にとどまることなく、それぞれの専門職が有機的に連携し、効果を最大化する必要があります。「健康をマネジメントする」ために取り組むべきことには、かなりの広さと深さがあるのです。大事なのは、健康に関わる分野・領域をバランスよく俯瞰し、客観的なものさしで理解し、解決すべき問題に応じて分野・領域をつなぎ、組み合わせてアプローチすること。それを繰り返し実践し、知見を積み重ねていくことです。

理論と実践を有機的につなぎ、問題解決力を養う

健マネでは、保健・医療・福祉の変遷や仕組みについて幅広く学び、かつ専門的な知識や技術を身につけます。他学部・他研究科の教員や現場の実践家からの学びも、特定の分野・領域に偏ることなく専門性を深める貴重な機会です。さらに、科学的手法を修得し、データとエビデンスに基づくものさしを持ちます。その上で実態や本質を理解して仮説を立て、インターンシップという形で現場に赴き、データを分析しながら仮説を検証し、情報発信を行います。私は、公益財団法人日本医療機能評価機構に伺い、「病院機能評価事業の意義と今後の展望に関する研究」に取り組みました。理論と実践を有機的につなぎ、双方から問題解決力を養えることが、健マネの一番の強み・魅力だと思います。

縦・横・斜めのつながりも、大きな財産

健マネには、大学を卒業したばかりの方から社会での経験を積んだ方まで、多様なバックグラウンド・世代の人が在籍していました。グループワークでは、年齢や立場の枠を越えて議論し、お互いの考えや価値観を理解しながら課題に取り組みました。多くの専門職で構成される医療業界では、異なる視点や言語を共有し、連携・協働することが不可欠です。そのための姿勢、コミュニケーションやプレゼンテーションの能力を養うことができました。深めた交流は、健マネ三田会などを通じて現在も続いています。修了生にとっては、研究科とのつながりを活かし自らの活躍の場を広げる糧であり、現役生にとっては、修了生のネットワークを活かし未来の可能性を広げる機会になっていると思います。この縦・横・斜めのつながりは、人脈という意味でも大きな財産だと感じています。

あるべき医療の姿を、幅広い視点から追求

修了後は、みずほ情報総研株式会社に入社し、以来一貫して厚生労働省や地方自治体、医療関係団体などにおける調査研究、コンサルティングに従事しています。シンクタンクを選んだのは、自分の問題意識に基づき、多くの関係者と関わりながら、それぞれの視点から幅広く医療の仕組みを見ることができる点に魅力を感じたからです。

医療業界には、診療側、支払側、公益・学識経験者、患者や住民、行政、医療関連企業など、さまざまなプレーヤーが存在します。それぞれが、それぞれの立場から問題解決を主張するのですが、効率的・効果的にあるべき医療の姿を実現するためには、優先順位を決め、取捨選択を行い、バランスをとって検討しなくてはなりません。その検討を支援することにシンクタンクの役割があり、仕事のやりがいがあります。データ分析により次のステップに進めたとき、解決策が現場とうまくかみ合ったときには喜びを感じます。

「顧客より素人」の立場から、「顧客よりプロ」になる

調査研究の案件によっては、「(その業務に長く取り組んできた)顧客より素人」の立場でありつつ、短期間で「顧客よりプロ」にならなくてはなりません。そのための強い足腰を作ることにつながったのは、健マネで、広範な知識と専門的な知識の両方を体系的に学んだこと。そして、グループワークやプレゼンテーションで、「調査・実験~実態・本質の把握~仮説の構築・検証~得られた知見の発信」という一連のサイクルを繰り返し訓練し、科学的手法による適切なアプローチを修得したことだと思います。

私は、医療提供体制の問題の本質、真の解決策は現場にあると思っています。今後は、医療機関のデータや各種統計資料などの分析にとどまらず、現場の方々と話し合いや分析を重ね、現場の方々と一緒になって、各地域の医療提供体制の問題を解決していくことが目標です。

新たな健康社会を先導するための第一歩に

医療業界では、個々の医療機関が収入や利益、コスト、効率の最適化を目指すだけでは経営の安定化を図れない時代になっています。地域での立ち位置や今後の役割を、他の医療機関と比較しながら認識し、「個々の部分最適」と「地域の全体最適」の間の溝を埋めていかなければなりません。まさに、健マネが育成する人材の活躍が、期待されるフィールドの一つです。ぜひ健マネで、新たな健康社会の先導者としての第一歩を踏み出していただきたいと思います。