Voices|神戸 翼さん

社会を変えるようなムーブメントを起こしていきたい

Profile

神戸 翼(かんべ つばさ)

2016年 慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科 医療マネジメント専修 修了
医療法人社団永生会 永生総合研究所 所長
NPO法人エムアクト 代表理事
【医療マネジメント専修】

治療というミクロの視点から、制度というマクロの視点へ

私は、高校3年生のときに父をがんで亡くしたことがきっかけで、医療の分野に足を踏み入れました。大学時代はがんの研究に取り組み、最新の治療法に興味を持ったことから、卒業後は製薬会社で医薬品の臨床開発に従事しました。治験をはじめ、最先端の研究成果を医療現場で実践するやりがいのある仕事です。しかし、一つの治療法の確立だけでは病気を抱えた方々を網羅的に支援できないという側面もあり、治療というミクロの視点から、制度というマクロの視点へ、私の中で興味の視点が移っていったのです。それが、健康マネジメント研究科(以下「健マネ」)に入学しようと思った理由です。

理想的な病院経営へ向けた、戦略マップを作成

在学中は、医療に関するオープンデータを用いた分析・研究に取り組みました。自治体病院にフォーカスし、約650項目の指標を収集して構築したデータベースのデータ量は44万個を超えます。私は、その中に存在する、病院における医療や経営の質に関わる指標を統計的に分析することで、理想的な病院経営へ向けた戦略マップを作成する研究を行いました。この研究のおかげで、医療機関や介護施設におけるビジョン経営や戦略立案、バランストスコアカードについて、多くの講演を行う機会にも恵まれました。

データを扱える、一目置かれる人材に

健マネでの学びは、医療政策と医療経営に関する全般的な知識の修得につながったと思います。医療経営士という資格も取得できました。これは、医療現場の管理職として必要な知識を体系的に修得したことを示す資格で、医療現場で経営層になるための登竜門的な存在になりつつあります。

統計的手法を実践的に学べたことも大きな成果です。特に回帰分析や主成分分析など、多変量解析を行えると、コンサルティングやマーケティングの現場で、データを扱える人材として一目置かれるということもあります。私自身、コンサルティングファームで働いていたときに、プロジェクトを任されることがよくありました。今後はICTやAIの進展に伴って、データを扱える人材の需要はますます高まることが予想されます。実践的にデータを読み、分析する能力は必須になってくると感じています。

合宿は、修士論文を完成させる大きな力

立科にある慶應義塾大学の山荘で毎年行われる、医療マネジメント専修の合宿についても触れておきたいと思います。大学院で合宿?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、私は、このイベントには大きな意義があると考えています。大学院には、知識や能力を身につけるだけでなく、2年間の集大成として修士論文を完成させるという目的があります。合宿は、1年生にとっては先輩の論文構想を知る場であり、2年生にとっては論文へ向けた研究の進捗報告を行う場です。先生方からのフィードバックを含め、この経験が論文作成の大きな力になることは間違いありません。OBやOGの方々から、学業から就職に至るさまざまなアドバイスをいただける機会にもなっています。

医療政策と病院経営の真ん中で

現在は、医療法人社団永生会のシンクタンク(総合研究所)で研究員をしています。そのきっかけとなったのは健マネでのインターンシップです。インターンシップでは、その法人が行う多角的な事業に関係する課題など、さまざまな現場のリアルを勉強させていただきました。その中で依頼されたある課題についての報告書が、経営層の方々へのプレゼンテーションにつながり、その甲斐あって就職へと結びつきました。配属されたシンクタンクでは、医療、介護、福祉、そして街づくりに特化した調査・研究とともに、運営する施設から抽出した経営課題を、医師会や病院団体、厚生労働省への提言につなげていく業務に携わっています。まさに、医療政策と病院経営の真ん中で過ごす毎日です。

理事長直轄部署としての業務もあります。理事長が医療や介護に関わるさまざまな団体で要職に就いている関係から、多くの公共性の高い会議に出席します。私はそれらに同席し、時には代役として出席するほか、関係団体の戦略の立案などに関わります。常に最新の医療や介護、社会的な取り組みについて把握しておくことが求められるため、大変な面もありますが、とてもやりがいのある仕事だと感じています。

仲間とのつながりが、もう一つの活動に

一方で、健マネ在学中には同じ専修の仲間とNPO法人を設立し、「オストメイトなびプロジェクト」を立ち上げました。オストメイトとは、人工の肛門や膀胱を造設された方々のことです。私たちはITなどの最新技術を活用して患者さんの生活を良くしていくことを目的に、スマホアプリケーション「オストメイトなび」を開発し、維持運営を行っています。国や公益組織から表彰され、全国の新聞社など多くのメディアに取り上げていただき、患者会や学会、医療機関、自治体を巻き込む活動にすることができたのは、仲間とのつながりのおかげだと思っています。今後はまた新たに、別の法人を立ち上げる予定です。

私は今まで、医療や介護、福祉に関するさまざまな活動を行ってきましたが、その都度、社会を変えることの難しさを痛感します。社会を変えるようなムーブメントをどのように起こしていくか、それは私にとって近年の大きなテーマです。そのための実践を、ライフワークにしていきたいと考えています。

時代が求める学び、3つの専修の連携

高齢化先進国である日本では、国策としても高齢者政策に力を入れていく必要があります。言うまでもなく医療マネジメントは欠かせないものですし、看護や介護というケアの視点や、健康な高齢者を増やすためのスポーツマネジメントもとても重要です。そのように考えると、医療・看護・スポーツという3つの専修が同じ研究科内にあることの価値は明白です。時代が求める学問に取り組み、各専修が連携して一つの方向性を生み出していくことのできる大学院、それが健康マネジメント研究科だと思います。加えて、さまざまな業界や地域、延いては世界中に存在する慶應のコミュニティの一員になれること。それもまた、慶應だからこそ得られるもう一つの価値ではないかと思います。